ピエール・オーギュスト・ルノワール。言わずと知れた印象派を代表する巨匠です。特に妻のアリーヌをモデルとして、女性の美しさを描きづづけた画家です。息子たちも、ピエールは俳優、ジャンは映画監督として有名で、私生活においては概ね恵まれていたルノワール。しかし、ただひとつ彼の画家としての人生に影を落としたのが病気でした。

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ルノワールは関節リウマチを患っていました。関節リウマチは、全身の関節に痛みと変形を生む病気です。日本では国が難病(特定疾患治療研究事業)に指定しています。画家にとって生命線でもある手の関節にも同様です。ルノワールの場合、50代後半には病状が進行して制作に影響がでるようになったそうです。

看護師はルノワールの関節リウマチが進行しないことを一番に考え、彼にウォーキングでのリハビリを薦めます。しかし、リハビリの時間は彼の制作時間を大きく奪いました。

『私は歩くことより描くことが好きだ』

ルノワールはそう言って、リハビリを拒み続けていたようです。人は人生を生きているのであって、決して病気を軽くするために生きているのではありません。

しかし病棟ではよく、患者を病名で表現します。「関節リウマチのルノワールさん.....」......有名なルノワールだから違和感を感じますが、医療者はその人がどれだけ大切な人であるのかを知ろうとしているでしょうか。確かに常時10人以上の患者を、平均在院日数2週間程度で退院させていくのはそれだけで大変なことです。しかし、「患者は治療に専念して当然だ」とどこかで思っていないでしょうか。

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晩年のルノワールは、右腕が変形して硬直していました。そこで筆を指に、包帯で括りつけて描いていたという伝説が残っています。それほど、彼にとっては「画家」という仕事がアイデンティティであり、生き甲斐であったのです。

よい医療のために人生があるのではなくて、よい人生のために医療があるのだと私は思います。

(ライター : 深田 雄志)